レポート)没後50年 藤田嗣治展「生きる姿」を観た回顧展

藤田嗣治展を京都国立近代美術館へ

没後50 藤田嗣治展

前の夜に「藤田嗣治」さんの番組をやっており、知人と行こうということになりました。

戦中に戦争の絵を描いていた藤田は戦後に戦争に加担したんでないか?戦争責任を問われる立場の芸術家の一人であった時期があったようです。そこに後輩の一人が自宅にやってきて、「あなたが代表で責任をとってくれ」と言われたようです。ひどい話です。

人としてやったらあかんですが、日本では案外と平気で行われているということがおそろろしい。(会社組織とか任侠の世界とか諸々。自分の意思でいきてないからだよね。自分で決めたことは人には、なすりつけれないから)

藤田さんの代名詞ともいえる「乳白色の下地」

白いのっぺりとした裸婦という印象しかなく、そして前髪ぱっつん不思議な男っていう伊達男?の印象がありました。

しかし、作品展をみてびっくりしました。こんな面白いひとだったのだ。



色々な戦に巻き込まれ、色々と誤解も与えて受け取られ、その中で自分の絵をずっと模索し

そして絵を、何らかの自分の作品を描き、作り続けた男。

戦後は、けったいな日本から出て、ニューヨークに渡り、そしてパリで最後は過ごし、帰化されてフランス人です。

亡くなってからもまともな評価を得れず、嫉妬と羨望にて藤田さんの本当の絵の評価などはここ最近とも言えるようです。私もその遅ればせなファンになりました。

裸婦、白くてひょろひょろした女性のイメージでしたが、

背景の墨なんでしょうか、独特の色使いが素敵でうっとりしました。

最後に看取った君代夫人も間違って伝わるぐらいなら、もう忘れてくださいという方針だったようです。もうこれはひどい話。呆然。当事者の方が、ステキな作品があるのに、忘れてほしいと思うってね。絶縁ですよね。

沢山の国々を旅して、そこで人を描く。

その人たちがその国の人を描いている。それがびっくりなのですね。

なんとたくさんの表現技法をもっていて驚く限り。

日本では江戸風?

その国々できっと人がいることを楽しんでいらっしゃる、関わることを楽しんでいらっしゃるのが見えます。

戦中は、とてつもない戦争する人たちの絵をかいていらっしゃいますが、見ていても戦争嫌だという気持ちにしかならないのだが。

しかし、この求められるような空気にあわせて、創作する人だったために、それに私生活も慌ただしい、自由な人生のために羨望と嫉妬もあったのでしょうね、日本人らしくない絵ですしね。

晩年はキリスト教徒として過ごし、最後は自分で礼拝堂を作り

数ヶ月で壁の絵を描いたとのこと。そして奥様のために十字架の置物を作られたものが展示されていたのですが、もうそれが!素敵すぎ!!!!!!!!!

いろいろあった人生の中でキリスト教に帰依することを求められたのかもしれませんが、なんだか若返っている。精力的なり。

ロビーにて

行かれたら是非写真を一枚。

珍しく自分の写真をあっぷしてみたよ。





ちょいフジタるしてみました。

猫が可愛かった。今の時代画家をされていたら、イラストレーターとしても大成されていたでしょうね。

広告とかやったら向いていたに違いありません。素晴らしい。結局皆が真似なのか?とも思うような方ですね。

真似やないけど、影響はうけてますよね。影響受けるし、きっと励みになる方もおおいのではないかな。

それは作品としてのセンスとかこだわりとか画力とかいうレベルのね。

今風なんですよね。全てが。

いまの現代作家は藤田嗣治さんのある部分を誰かがしているって感じ。

ルーツをたどれば先をたどれるのですが、ポップなんですよね。

技術もすごい。

射手座の柔軟さと双子座の器用さ。

また改めてホロスコープ読んでみたいものです。

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