愛の顛末ー恋と死と文学とー


愛の顛末ー恋と死と文学と

純愛とスキャンダルの文学史

梯久美子さんの狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホを読み、梯さんの知的であり温かみのある文体にひかれて別の本も読んでみたく思い今回手に取りました。

徹底的に作家の作品を読み込み、その作家にまつわる土地や現場に足を運ばれる方。

タイトル通り、純愛とスキャンダルの文学史とタイトルにあるように、作家と恋愛、私生活の愛の顛末を伝えるノンフィクションです。

名前を知り、作品を読んだことのある作家さんから全く名前を知らずにおった作家さんもいらっしゃっいました。

どの作家さんも波乱万丈であり、悲惨とも言える生涯でもあるのですが、なんとも言えない暖かい気持ちになる側面もあります。

人間ってどうしようもないなと。笑)

女性のいく人かの人が取り上げられていて、文学と愛にいきたいと思っても

妻、母としていきねばならないという時代背景もあり、自分自身を生きようとすれば社会や家族を背くことになる。

その葛藤の中で自分を生きようとする姿は、共感と共に胸をつくものがあります。

やりたいことができない、それに尽くす時間がないという苦しみや悲しみは現代の人のものでもあります。

作家やアーティストというのは、そういう意味では早い人なのです。早熟というか。

自我がある、やりたいことがあるというのは自由を求めます。

その早熟さとの葛藤と生臭い人間の側面の人々とがいい塩梅の配合で紹介されています。

●近松秋江――女性に対する尋常でない恋着を描いて明治・大正の文学史に特異な足跡を残した近松秋江。いまでいうストーカーのごとき執着と妄執は、「非常識」「破廉恥」と評された。

男の人です。女の人のようでもありますが、男の人です。

う~。どこかこのような行為をしてしまう、したことがあるなんていうことは

覚えのある方もいらしゃるけれど、作品にしてしまうというガッツ。

近松さんという方は、後日、真面目にご結婚もされ、ストーカー的な作品は亡くなったらしい。そうすると面白くなく、だめだとも言われたようです。

最近はネットで、恋愛の諸々をアップしているとたくさんの読者を得れることもあるかもしれない。ブログ講座に参加したら、恋愛の失敗談や不幸な話をアップすると読者を狙えると言われたというのもお話しで伺いました。

こういう色々な方々の生き方を読むと、ちょっと真面目なところが緩まれて楽になる方もいるかと思います。過去の人、人の生き方をしることは自分を受け入れる機会を与えてもらえる機会にもなりますので

ぜひ、ご興味が出られたら読んでみてご覧ください。

中島敦さんは、教科書にも載っている有名な方です。読んだことがある方も多いかもしれません。青空文庫「山月記」

やはり蟹工船の小林多喜二さんの壮絶な人生や死の場面は何度も知っても、驚愕のひどい時代を思います。

日本は敗戦し、様々な意見や思いが潜入してしまった国だと思います。

戦争中にも変わらず書き続けた太宰治さんも自殺という形(病気が原因とも言われていますが)、

その時代の中で人は生きるものですから、なにかどのような人もその中で生きねばなりません。

しかし、愛とくに恋愛には時代背景もあると思いますが、個人の欲望を全開にさせる側面、生き方の配慮がわかるので

やはり面白いですよね。

死の直前まで恋愛モード全開に開きっぱなしの作家さんも紹介されていて、私はこの方好きですわ。

死ぬ直前、死の床に就いているのに、惚れられるってね。

中条しづこさん

私自身は、手相で「死ぬまで恋愛できますよ」って言われましたが、

心の中で、趣味とか好きなことばかり考えて生きるんだろうなと思いました。




 

「じぶんは今、家庭をこわしたくおもふ」

最後に吉野せいさんが取り上げられており、文学バカの旦那さんとけっっこんし、その男は三男で自分で田畠を一から作らないといけない男。そして、何度も言いますが、文学バカ。せい自身も文学で自分をいきたいとおもいながらも、社会活動、農地改革などに関わる活動にも熱心な夫の代わりにも働き、子供を育てなければいけない。そのためには文学に取り組む時間さえない。この夫さん、社会、コミュニティにとってはこのような方はとても頼りになる素晴らしいお方ですが、共に暮らす家族にとって、夫婦のつれないなら大変。

むかしの文学者は、社会活動家でもあったのでした。

そして夫を見送る式の際に草野心平に「君は文学を行きねばならない」と言われる。

その年70歳。

長年の夫婦生活の中の苦労や、そして夫は最後は心身が不自由になり、またもや介護。

その中でさまざまな怒りや悲しみなどを文学に昇華していった吉野せいさん。

セラピーというのは自分と向き合い、言葉にし、過去の出来ごとを思い出し、客観的視点を持つことで癒される側面があります。

作家さんの作品は、その作品でもあるのですがその方のホロスコープを解読すれば

どのような世界観を持っているのかを読み解くこともできます。

吉野せいさんは牡羊座でとても強い星の配置を持っています。権威者的な要素ですので、ご主人が社会活動家であり行動的であることは読み解けます。

しかし、それはもちろんせいさんなのです。

どう考えても沢山の仕事をこなす強いものを持っていらっしゃるし、その生活の中で、畑仕事(くいぶち)そして子育てなどしながら、なんとか文学に取り組もうとされている姿が描かれているのですが、それはこの時代でも同じですね。火のサインなので、思想や理想に萌える。

せいさんの苦しみは、御主人が文学と社会活動の為に自分に食扶持仕事の役割りをたぶんにせざるを得ないという役割りを負わされているものの哀しみでもあります。

そこに様々な視点を持つことが出来たらば、まだ喜びを得ることもできたでしょうが、誰かのためだけを負わされてしまうと文学を目指すものとして悲しいことでしょう。

なにやっているんかな・・・

次女を貧しさのなかで医者に見てもらうことができずに救えずに苦しみます。

そして、「じぶんは今、家庭をこわしたくおもふ」




生きることと文学、アートなどに昇華することは同じですね。

自分の消化できないものをなんらかに変換しようとする。

生きることは芸術だし、それは誰かにみせるために生きるのではない。

自分で素晴らしいと思うという力、自己価値を受け取ることも人生の大事な要素。

知性は、経験によりすぎると艱難辛苦となる場合もあります。

あまり体験主義になりすぎるのも気をつけねばなりません。

濃厚な人生と淡白な人生と

愛の顛末に取り上げられている作家さんのあまりの濃厚さとあまりの結核と病死、貧苦の近さよ。

その中で人は強く生きているなとしみじみ思うのです。

大正、昭和の時代の作家さんのあまりの破天荒といいますか、スキャンダルな側面を見ていると、それまであまり個人的な身の上をしることがなかったものたちの飢えを感じざるを得ませんね。

私自身、本は読むほうだったのですが、あまり私小説と呼ばれるものが好きでなかったので海外の文学を読むことの方が多かった。

 今回、日本文学の作家を新しく知ることができました。

もし、どなたかの人生に興味を持たれたらその作家さんの作品を読まれるのもいいかもしれません。




愛の顛末ー恋と死と文学と

どのような作家さんが登場しているかは上記アマゾンページでご確認ください。

無私の愛を求めた作家たち

近松秋江――「情痴」の人を紹介されている三浦しおんの記事です。こちらの作家さんのストーカーぶりと徹底ぶりが面白い。

天敵から逃げる方法ー

個人的趣味と天敵から逃げるための栄養をアップしていきます。

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